「毒ヘパリン」(5)— APP、バクスターに代わり急遽登板(WSJ、2月19日付)

     THE WALL STREET JOURNAL February 19, 2008
     Baxter Rival APP Steps In Quickly To Supply Heparin
     by Thomas M. Burton & Anna Wilde Mathews


バクスター・インターナショナルが同社製ヘパリンを投与された患者が呈した
アレルギー反応の原因究明に悪戦苦闘している隙に、バクスターの最大の
ライバルである APP 製薬(イリノイ州シャウムバーグ)が、
ヘパリン市場の行方を左右するメーカーとしての存在感を急速に高めている。


いくつかの主要な病院と、独フレゼニウス・メディカル・ケア子会社の
フレゼニウス・メディカル・ケア・ノース・アメリカが運営する1600カ所の
腎臓透析センターでは、既にヘパリンの購入を、ヘパリンメーカーとして
真っ先に名前の挙げられる APP からのみに切り替えた。


先に、バクスター製ヘパリンの有効成分のほとんどを供給した中国プラントの検査は
一切実施していなかったことを明らかにしていた米食品医薬品局(FDA)は、昨日、
APP 向け有効成分を製造している中国の製造工程は既に検査済みであること、
バクスターへの供給元の中国工程は今週中にも検査を行うことを確認した。


FDA の認識では、米市場向けにヘパリンの有効成分を
製造している中国プラントは、2カ所のみである。


米国内で流通しているヘパリンのほぼ半数を供給するバクスターは、先週、
4件の死亡例を含むおよそ350件の副作用反応に関係した可能性があるとして、
ヘパリンの製造を一時的に停止したと発表した。
胃痛、嘔吐、下痢、低血圧、動悸、気力喪失といった副作用の約40%が、
重篤なものとされる。


昨日 FDA は、ニュージャージー州チェリーヒルにあるバクスターの施設と、
バクスターへの供給元であるウィスコンシン州ウォナキーのサイエンティフィック・
プロテイン・ラボラトリーズ(SPL)については検査を実施中であると発表した。
SPL が出資する合弁企業、中国・常州市の常州 SPL は、ヘパリン製造の専門家と
中国語のできる化学者を含むチームを派遣して詳しく調査する予定である。


しかし FDA は、バクスター製ヘパリンが副作用反応を引き起こす潜在的な原因は
不明であるとした。
バクスターは先に、検査はヘパリンに含まれる変異体に集中していると述べた。
その詳細は明らかにしていないが、昨日バクスターは、中国で製造された成分中に
変異体が見られることを明らかにした。


FDA はまた、どのようないきさつで常州 SPL の検査が実施されなかったかを明かした。
FDA 医薬品センター・コンプライアンスオフィスのジョセフ・ファミュラー次長は
「審査のためにコンプライアンスオフィスに知らされた施設が正確ではなく、常州 SPL と
似た名称の、既に検査を終えてコンプライアンス評価を受けた別の施設だった」ために、
常州 SPL プラントは本来のデータベースには登録されず、
さらに「審査にも回されなかった」と説明した。
そしてこの食い違いは「先月明らかに」なったが、FDA としては
「このような状態は、ほかには発生していない」と考えていると付け加えた。


しかし連邦議会では既に、FDA のより広範な情報技術上の問題と、海外の医薬品・
装置・食品メーカーの履歴追跡の困難さに関する様々な調査が討議されている。
その一環として、この FDA の過ちは、FDA の言う通りほかに発生して
いないとしても、議会の調査対象となるには十分と言えそうだ。


APP によれば、年間数百万例に上る心臓手術や腎臓透析で使用される抗血液凝固薬の
米国内での供給不足不安に対処すべく、FDA による APP の新しい生産ラインの
承認手続きは迅速に処理された。
APP は新生産ラインを、同社のニューヨーク州グランドアイランド工場に増設した。
イリノイ州メルローズ工場での生産と合わせ、米国内市場のヘパリン需要を
完全に満たすことができると APP は述べている。


バクスターのトラブルは、絶好の商機を APP に献上したことになる。
APP が生物工学ビジネスに参入したのはつい最近であり、昨年11月の決算報告では、
それ以外の事業の2007年度予想収益を6億3000万ドルと見込んでいるが、
「ヘパリン事業による大幅な増益を見込んでいます」(広報担当メイリ・バーグマン)。


一方、バクスターは「最近のマーケットシェアの変化については申し上げられませんが、
バクスター全体の売り上げのうち、ヘパリンが占めるのは1%足らずです」
(広報担当エリン・ガーディナー)。


フレゼニウスのマーク・モロー材料管理シニアディレクターは言う。
「現時点で、もはやバクスター製ヘパリンは発注していない。
APP 製ヘパリンしか使っていないよ」


フレゼニウスは週3回透析を行う腎臓透析患者を12万人抱えており、
ヘパリンの最大の消費者だ。
同社のマイク・ラザルス最高医療責任者は、バクスターの製品回収と
その後の一連の発表は「われわれのクリニックには、ほんのわずかの
危機しかもたらさなかった」と述べた。


病院が抗凝血剤を選択する際、理屈ではその性質を持ったあらゆる薬剤が
選択肢に上るが、割安であることと速効性が期待できることから、
まず間違いなくヘパリンを選ぶ。
例えばアラバマ大学バーミンガム校(UAB)では、既に APP 製ヘパリンに
切り替えているが、同大学は1月17日にバクスターが、9品種に限定して
回収すると発表した時点で、全量の入れ替えに動き始めた。


UAB の医療センターは、100の大学病院と篤志病院協会のおよそ2000の
民間病院が加盟する購入グループ法人・ノベーション LLC のメンバーである。
ノベーションはバクスターと APP とで入札を行い、昨年9月30日、
指定業者としてバクスターと需給契約を結んでいた。


UAB のパトリック・コンドン上級薬剤師によれば、ノベーションは
事態への対処法を個々の病院に任せ、UAB は少なくとも当面は、
完全に APP 製ヘパリンに切り替えることを決定した。
彼はある大手医薬品卸売業者に連絡し、APP 製品の供給を3カ月分確保した。
それは、UAB がバクスター製ヘパリンの在庫を使用しないと決定して
できた穴を埋めるには十分なものだった。
「いまでは APP からの12日分の直接供給を手配して、それは既に始まって
いるし、病院の在庫が通常レベルに届くまでは、毎週購入する予定だ」


ノベーションのプロダクトマネジャー、エリザベス・アシュビーは、
APP と2年分の需給契約で交渉中であると述べた。

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