「毒ヘパリン」(4)—ヘパリンが暴いた米国の中国依存(WSJ、2月15日付)

     THE WALL STREET JOURNAL February 15, 2008
     Heparin Probe Finds U.S. Tie to Chinese Plant
     by Thomas M. Burton, Anna Wilde Mathews, Nicholas Zamiska & Gordon Fairclough


バクスター・インターナショナル製抗血液凝固薬ヘパリンが関連した死亡例および
アレルギー反応の同社による原因調査では、ウィスコンシン州の企業が共同経営する
中国の製造施設がそのほとんどを供給した製剤有効成分の変異体が疑問視されている。


バクスターによれば、同社製ヘパリンの有効成分は、サイエンティフィック・プロテイン
ラボラトリーズ(SPL、ウィスコンシン州ウォナキー)と、SPL と中国の常州天普製薬有限公司
出資して中国に設立した合弁会社常州凱普生物化学有限公司常州 SPL)から供給された。
バクスターはその変異体の特性について詳しく述べることはしなかったが、
ヘパリンは豚の腸由来であり、製造には細心の注意を要するとのことである。


SPL 社長デビッド・G・ストランスは、ヘパリンの有効成分のほとんどは中国のプラントで
製造しており、ウィスコンシン州の同社施設では一部しか製造していないと述べた。


「副作用の原因に思い当たるところはなく、今回の事態には非常な警戒感を持っている。
問題となっている副作用が、われわれの製品に関係するものなのかどうか、全く分からない」


副作用の原因はいまだ判明していないが、事件はバクスターと、企業買収会社アメリカン・
キャピタル・ストラテジーズ(メリーランド州ベテスダ)が筆頭株主である SPL を、
海外の医薬品製造施設の監視体制をめぐる広範な論議の中心に据えている。
米食品医薬品局(FDA)は常州 SPL の製造体制は検査していないとしている。


2月11日、バクスターは、主要用途である腎臓透析および心臓外科手術に用いられた際に、
4件の死亡例を含む今回報告された約350件の副作用反応に関係した可能性があるとして、
ヘパリンの製造を一時的に停止したことを発表した。
ある FDA 当局者は、バクスター製ヘパリン投与による副作用反応のうち、
およそ40%が重篤なものであったと試算している。
胃痛、嘔吐、下痢、低血圧、動悸、気力喪失などが、副作用として報告されている。


中国が医薬品成分の世界最大の製造元となることで、特にヘパリンのような
利益の薄いジェネリック医薬品後発医薬品)分野において、医薬品メーカーは
その製造コストを社外へ転嫁しやすくなっている。
常州 SPL は、いつの間にかグローバルな製薬産業の要を担うことに
なってしまった、数百にも上る中国施設の中の1つにすぎない。
クレディ・スイス香港でヘルスケアアナリストを務めるドゥ・ジンソンの昨年の
リポートによれば、2005年、全世界で310億ドルの有効医薬品成分市場において、
中国は44億ドルと市場の14%を占め、インド、イタリアを抜きトップとなった。


昨日、チャールズ・グラスリー上院議員アイオワ州選出、共和党)は、
ヘパリンとそのサプライヤーに関して、FDAバクスターに質問状を宛てた。
下院・エネルギーと通商小委員会の中心メンバーであるジョン・ディンゲル、
バート・ステュパック両議員(ミシガン州選出、民主党)は、医薬品・医療機器輸入の
安全性について調査してきているが、FDA に宛てた書面の中で彼らは、海外業者の不手際に
よって「米国民の生命は本来負う必要のないリスクに直面させられている」と述べている。


バクスターの広報担当エリン・ガーディナーによれば、バクスターは現在、
副作用反応を引き起こしたヘパリンと高品質な“基準サンプル”との、
“化学的に有意な違いを見つける”ために、“分子分離”分析を行っている。


ヘパリンは、ヒトや動物の血管内に普通に存在する複合糖質分子である。
現在は豚の腸から生成されるが、その生成過程で不純物が生じる可能性もある。
血液の専門家であるメリーランド大学のジョン・R・ヘスは言う。


「組織を破壊して成分を抽出するということは、同時にその組織中の
別な成分によって汚染される可能性もあるということです」


生の腸は、ヘパリンの製造過程において、まず酵素、次いで樹脂による
化学反応にさらされ、最終的に殺菌のための熱処理が加えられる。


SPL は副作用反応の原因を特定できていないと述べた。
また同社によれば、ヘパリンの有効成分は2004年から中国の施設で製造されており、
中国施設は「ヘパリンを相当量製造する米国内施設と同等の検査と品質管理手順を
実施」し、FDA 基準を満たしている。
アメリカン・キャピタル・ストラテジーズは電話取材に応じなかった。


FDA 報道官は、FDA は「副作用反応の原因究明のため、できることは
すべてやっていますが、情報収集に時間がかかっています」と述べた。
中国における品質問題を監視する中国国家食品薬品監督管理局(SFDA)と
中国国家質量監督検験検疫総局は、ともに取材できなかった。
常州天普からはコメントを得られなかった。


上海から車で2時間ほどの常州 SPL の工場に昨日訪れたところ、
工場外部では科学薬品の臭いと換気扇の排気音が観察された。
緑色の制服に黒のゴム長靴、フェイスマスク、外科用キャップを着けた
従業員が2人、工場棟の外で器材をこすり洗いしていた。
複数の警備員が、リポーターが敷地内に入ることを阻止した。


FDA は作業工程上の限定的な不備を規定するのみだ。
常州 SPL 管理事務所の女性は、FDA の最初の視察は週明け月曜日だろうと言った。
品質管理部門のマネジャーは「われわれはバクスターFDA の検査官に
全面的に協力します」と述べた。


FDA は国外医薬品施設すべての検査を法的に求められてはいないが、それらが
米国内の医薬品市場への参入を新規に申請すれば、ほとんどの場合検査を実施する。
既に申請を認められていたとしても、施設を変更すれば、その新たな施設は
先に認められた施設と同様に検査されることになる。
しかし医薬品製造施設が義務づけられている2年ごとの検査は
国内プラントのみが対象であり、国外施設のリストは更新されない。


FDA のアンドリュー・フォン・エッシェンバッハ局長は、FDA の検査官や
各分野の専門家の拠点を、中国を含めた海外に置きたいと述べてきた。
現状は、彼らはすべて米国内にいて、国外医薬品メーカー許認可の検査のために
頻繁に国外に出向かなくてはならない。
FDA によれば、中国国内に FDA の機関を置くには中国国家の公式な許可が
必要であり、国務省が「FDA および政府に代わって、現在この問題について
外務省と詰めている」ところだ。

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