「毒ヘパリン」(13)—中国ヘパリンメーカーのリスク管理(WSJ、3月10日付)

     THE WALL STREET JOURNAL March 10, 2008
     How Heparin Maker in China Tackles Risks by Gordon Fairclough


  (写真キャプション)
  上:深センヘパリンク工場棟
  中:ヘパリン精製プロセスで使われる化学反応設備
  下:ヘパリン製造過程をモニターする従業員


ここ中国南部の新興都市にある深セン市海普端薬業有限公司深センヘパリンク)の
ハイテク工場では、青い防護服、外科用のマスクと手袋に身を包んだ作業員が
抗血液凝固薬ヘパリンの有効成分を作っている。


同じ中国の別のメーカーによる汚染ヘパリンが関係したとして、バクスター
ヘパリンが回収されて以来、いまや深センヘパリンクは、心臓外科手術や腎臓透析に
用いられる“大用量”ヘパリンの有効成分の、米国向け主要サプライヤーである。
同社製有効成分は、米国ヘパリン市場でバクスターの競合トップである
APP 製薬に供給される。


深センヘパリンクは近年、米国食品医薬品局(FDA)、中国の監督当局および
ドイツ監査機関を含む政府保健衛生当局の9回におよぶ許認可審査をパスしている。
さらに顧客企業独自の監査は25回におよんだ。
豚の腸から抽出される粗製ヘパリンからのプロセスを跡づけるため、
300ページ以上ものデータを、すべてのまとまりごとに保管している。
「ロットごとのトレーサビリティー(追跡可能な履歴管理)を確実にするためです」
と、深センヘパリンクの李リー(金へん+里)会長は言う。


「供給網を精査することと、製造については政府の許認可を得ること、
この2つは必須条件です。この2つを満たしていない製造業者、生産物には、
非常に大きなリスクが伴います」


ここ最近の中国製ヘパリンによる問題は、中国医薬品メーカーと、そこから製品を
購入する国際的な医薬品企業の双方にとって、供給網に対する規制が往々にして
散漫で貧弱であるという状況を監視することの困難さを浮き彫りにする。


いまや医薬品有効成分の製造元として世界最大となった中国医薬品産業には、
バクスターの製品回収を引き起こした米国での死亡例と疾病の発生や、
ドイツでのアレルギー性反応が中国製ヘパリンと関係すると見られることから、
厳しさを増す監視の目が向けられている。
この問題は昨年の米国での、中国製歯磨き、玩具、ペットフードを含む
汚染製品輸入問題と類似している。


しかし、こと医薬品となれば安全性リスクはとりわけ重大であり、生成成分の履歴を
遡って追跡できるかどうかは、副作用反応の原因を同定し病因を速やかに排除するための
専門家の努力を実らせるか無にするかが懸かる重要な問題である。


FDAバクスター製ヘパリンの有効成分から、有意な量の汚染物質が
検出されたとしている。
その成分は、ウィスコンシン州のサイエンティフィック・プロテイン・ラボラトリーズ
(SPL)と、同社の中国における合弁会社常州 SPL がバクスターに供給したものだ。
今のところまだ、汚染物質が何で、どのようにヘパリンに混入したかははっきりしておらず、
その汚染物質がバクスター製ヘパリンによるアレルギー反応の原因であるかどうかも分からない。


常州 SPL は医薬品メーカーではなく、化学メーカーとして中国では登記されている。
それはつまり、常州 SPL は中国国家食品薬品監督管理局(SFDA)の管轄外にあると
いうことを意味する。
常州 SPL が米国市場向けに有効成分の製造を始めた時、それを監視すべき FDA
審査を実施しなかった。


しかし、審査が常に問題を排除できるわけでもない。
SFDA は、ドイツで回収されたヘパリンの有効成分を製造した2企業を認可している
——常州千紅生化製薬有限公司煙台東誠生化有限公司からはコメントを
得られなかった。
SFDA もまた、7日の電話取材で、この件に関しては取材に応じなかった。
(註:常州千紅生化製薬の企業サイトにアクセスできない場合は、常州商工業オンラインの
企業紹介ページ
。煙台東誠の企業サイトにアクセスできない場合は、煙台大経貿の企業紹介ページ


FDA深センヘパリンク製ヘパリンを検査した結果、バクスター製ヘパリンから
検出されたような汚染物質の存在を示す兆候は見られなかった。
また APP は、同社製ヘパリンによる副作用反応の報告は受けていないとしている。


深センヘパリンクの李会長は、24年前に中国南西部の重慶で創業し、ヘパリン事業に参入した。
1998年、厳しい FDA 基準を満たすために、より設備・機能の整った深セン工場を、
一から設計し建設に着工した。
ハードウエアの整備は、ビジネスで成功するための闘いの一部にすぎなかったと彼は言う。
さらに困難だったのは、品質と安全性を保証するための無数の細則を厳密に遵守する
企業文化の構築だった。


ヘパリン製造のプロセスは、屠畜された豚の腸から未精製のヘパリンを搾り出す、
ぞっとするような小さな作業場での工程から始まる。
これら未精製ヘパリンの工程は、基本的に中国保健衛生当局の監視が届かない。
多くは農村の小さな作業場で、原始的に行われている。


未精製ヘパリンは仕入れ商に買い取られ、最終的に大量に取りまとめて
医薬品メーカーに販売する業者に至るまでに、いくつかの手を経る可能性がある。


バクスターにヘパリンを供給した常州 SPL は、6カ所から12カ所のごく小さな
作業場から購入した2つの卸売業者から、未精製ヘパリンを入手していた。
SPL は、作業場が原料を購入した屠畜場まで遡って供給元を追跡できると主張する。


深センヘパリンクでの未精製ヘパリンの履歴追跡は、その原料となった豚が
属する群れまで遡ることが可能だ。
同社は、政府が認可した屠畜場から豚の内臓を入手している供給者とのみ
取引しており、汚染を最小限にとどめるための規則に厳密に従っている。
こうした管理体制を徹底するためのカギを、李会長が説明する。
「われわれの規則を遵守してもらうため、あらかじめ米国向けと決まっている
サプライヤーの施設内の品質管理部門に、当社の従業員を配置しています」


こうした直接の監視体制は、中国では重要だろう。
なんとなればここでは、きちんと管理されているはずの企業でさえ、
しばしば穴だらけなのだ。
粗製ヘパリン製造者は、記録の写しから彼らがどんな動物を使うかまでの
すべて、膨大なデータを記述する。


中国での豚の価格高騰が、一部の未精製品サプライヤーの手抜きを
助長しているとも言われている。
例えば、山東省ツァオヤン・インテスティン・アンド・ケーシング・
ファクトリー(朝陽腸消化管処理場)の工場長ワン・シァンヤンは、
豚の供給が追いつかないために羊の内臓で補うよう強制されていると言う。
「豚の腸が足りないんだ。ほしがるヤツは周りにいくらでもいるからな」


牛の BSE牛海綿状脳症狂牛病)や、それに似た羊のスクレイビーに対する不安に
取りつかれて以来10年以上、欧米ではヘパリンの抽出に羊と牛を使うことをやめた。
その不安は、こうした悲惨な病気の原因であるプリオンが、牛や羊由来の成分を
通して人間に伝播する可能性があることに起因している。


他の未精製ヘパリン製造者は、「“青耳病”に罹った豚の腸を使ってる工場も、
あるっていうぜ」との疑念を示す。
“青耳病”(ブタ繁殖・呼吸障害症候群)は2006年半ば以降、中国の豚に広まっており、
感染した動物は殺処分されて食品や医薬品には用いられていないと考えられている。


複数の研究者が言う。
「もし、医薬品の成分としてこうした未精製ヘパリンを購入した企業が、
その中に不純物が潜在的に含まれていることを知らなければ、
その不純物を除去するための適切な処置を施さない可能性はあるだろう」
SPL は、すべての未精製ヘパリンが確かに豚由来であり、羊や豚以外の動物から
抽出したヘパリンを含まないことは、テストで確認していると言う。


深センヘパリンクのプラントでは、ヘパリンに混入するすべての既知の豚ウイルスを
除去、あるいは無害化するために、化学的・物理的プロセスを含む3つの処理ステップを
踏んでおり、その処理法は、ドイツの第三者研究機関によってチェックされている。


李会長は言う。
「われわれの製品には、ひとの血液に直接注射されるものもあります。
重い責任があるのです」


先月、バクスターがヘパリンの回収に追われている最中に FDA常州 SPL の工場を
視察し、記録保管に瑕疵が疑われること、汚染の可能性がある未精製ヘパリンを
有効に除外するための適切な処置の施行証明が欠落していたことを報告した。


FDA が先月末に公表した検査報告には、常州 SPL の「不純物を取り除くために
繰り返し行われる」処理プロセスは、その効果を決定づけるものとしては
「全く評価できない」とある。
また、そのプラントで遵守されている「製造指示規定」は「不完全」だったともする。


バクスターの広報担当デボラ・スパクによれば、バクスターは昨年9月に、
常州 SPL の監査を実施した。
その時はバクスターの複数の担当部署が「数カ所の監査を実施」し、その中には、
今回 FDA が検査を実施したエリアも「ないわけでは、ありません」。


そして常州 SPL は、監査の結果示された問題点について「要件を満たす回答の
提出を条件に」ヘパリン製造工場として認められたのだと、彼女は言う。
「今年1月にその回答を得られたので、常州 SPL からのヘパリン購入を継続しました」

深センヘパリンクにも「汚染」の疑い?

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