「毒ヘパリン」(15)—悪ヘパリンが良ヘパリンを駆逐する(WSJ、3月19日付)

     THE WALL STREET JOURNAL March 19, 2008
     Heparin Likely Cut With Cheap Counterfeit Ingredient by Jacob Goldstein


数百件の重大な問題と19件の死に関連する汚染された抗凝血剤について、
さらに詳細が明らかとなってきた。
米中研究者へのインタビューを引用して、ニューヨーク・タイムズが伝えている
どうやら汚染物質は、中国で動物の軟骨から作られ、化学的に疑似ヘパリンに
改変されてヘパリンの有効成分中に故意に加えられたようだ。


最も疑わしいのは、関節炎治療に用いられるサプリメント成分のコンドロイチン硫酸に
類似した合成物だ。
汚染物質と考えられる成分は「過硫酸化コンドロイチン硫酸」として知られており、
凝固を阻害する性質を持っている:そしてヘパリンは、凝血リスクを軽減するための薬剤だ。
トラブルを引き起こしたバクスター製ヘパリンは回収されている。


独自に調査していたシカゴにあるロヨラ大学のジャウェド・ファリード病理・薬理学部教授は
「ヘパリンのサンプルは、もとの成分が偽造されたものであることを示している」
ニューヨーク・タイムズに語った。
「疑似ヘパリンを生成して、それを混入したのは、
ヘパリンの収量をかさ上げするための意図的な行為だ」
コンドロイチンの派生物はヘパリンよりも安く手に入る。


FDA と共に調査に携わるある化学者は、コンドロイチン硫酸は検出されたが、
それが汚染物質として特定されてはいないと述べる。
彼はニューヨーク・タイムズに「明確に異なることを示すデータが手に入った以上、
どのようにそれが製品に紛れ込んだかは割り出してみせる」と語った。


たとえ研究者が汚染物質の正体に迫ったとしても、それがすなわち
ヘパリンに関係する問題の原因物質であるとは言い切れない。
ヘパリンによって副作用反応を示した患者が一部にとどまるのはなぜかが
分からないことを、ニューヨーク・タイムズは強調する。

Update:

19日午前中に開かれた記者会見で FDA が、バクスター製ヘパリンに含まれる汚染物質は
過硫酸化コンドロイチン硫酸であると発表したと、ダウ・ジョーンズ・ニューズワイヤーズが伝えた。
FDA は、汚染物質がどのような経路で混入したかは不明としている。

“偽ヘパリンの謎”の根源に近づく(The New York Times、3月19日付)

     The New York Times March 19, 2008
     Scientists Near Source of Altered Heparin by Jake Hooker & Walt Bogdanich


抗血液凝固薬ヘパリン汚染の謎は、偽造成分がほぼ同定される段階にある。
化学的に真ヘパリンに似せて改変された動物の軟骨由来の物質であり、
中国で作られたものであることは、ほぼ間違いない。


中国が発生源であることについて、米国食品医薬品局(FDA)は正式発表の中では
言及しておらず、広報官もこの件に関してFDA がコメントすることはないと述べた。


しかし、米中の専門家——調査に直接関わっている検査官1人を含む——はインタビューの中で、
FDA が数百件のアレルギー反応と19件の死亡例におそらく関係するとしている汚染物質が、
化学的に生成された「過硫酸化コンドロイチン硫酸」であることを明かした。


しかしなお、ヘパリンに5%から20%含まれるその汚染物質がアレルギー反応を
引き起こしたとの確証は得ていないし、それがいつ、どうやってヘパリン製造に
使われた有効成分に混入したのかも分からないとしている。


コンドロイチン硫酸は関節炎治療に広く使われているサプリメントであり、
改変されていなければ抗凝血性はないが、分子の改変が抗凝固性をもたらすとのこと。


バクスター・インターナショナルによって米国に流通した汚染ヘパリンを検査した研究者は、
インタビューの中で、ヘパリン様の分子が故意に薬品中に混ぜ込まれた疑いがあると述べた。


シカゴにあるロヨラ大学のジャウェド・ファリード病理・薬理学部教授は
「ヘパリンのサンプルは、もとの成分が偽造されたものであることを示している」と言う。
ファリード教授はこの問題が発覚して以来、問題となったヘパリンの研究を続けてきた。


「ヘパリンの品質問題は、世間で認識されているよりもはるかに
広範囲に及ぶ懸念があったので、独自に研究を進めていたんだ」


「手元にある7〜8群のヘパリンのうち、6群が汚染されていた。
そしてこれらのヘパリンは、ロヨラ大学の医療センターで
医師が実際に使っていたものだ」


調査に携わるある米国人化学者が、発見されたコンドロイチン硫酸について、
機密保持契約を理由に匿名を条件として語ってくれた。
動物の軟骨由来のその物質は、構造がヘパリンに酷似しているために
汚染物質となり得た。
「ヘパリンとは、ごくわずかの違いしかない。
会ったこともない遠い親戚のようなものだ」


そして、このように付け加えた。
「しかし明確に異なることを示すデータが手に入った以上、
どのようにそれが製品に紛れ込んだかは割り出してみせる」


山東大学薬学院の元教授チャン・ティアンミン(80歳)は以下のように説明する。
「おそらく偽造者は、疑似ヘパリンを生成するベースには、動物軟骨由来の
コンドロイチン硫酸か甲殻類由来のキトサンを使うに違いない。
なぜなら、それらはともに安く手に入るからだ」


「しかしどちらも、そのままでは抗凝血性は有しておらず、
疑似ヘパリンとするためには“何かを”加えなくてはならない」


「硫酸塩類はヘパリン分子から自然に生成されもするが、
化学合成によって作り出すことも可能だ」


3月5日、FDA は同局研究員が、バクスターが販売したヘパリンから
「ヘパリンではないがヘパリンのような合成物質」を検出したと発表した。
その物質がヘパリンに酷似していたため、通常の品質検査をくぐり抜けて
流通してしまうという事態に陥った。


今月初めドイツ保健衛生当局が、中国製成分を使ったヘパリンによる
80件の副作用反応を FDA に報告した。


FDA によれば、2つの FDA 研究所、3つの米国大学、複数の欧州学術機関で
世界トップの化学者がこの汚染物質に取り組んでおり、十数人の研究者が
汚染物質の同定作業に携わっている。


中国医薬品当局広報官ヤン・ジァンインは「中国調査当局は FDA と協力して、
副作用反応の原因究明にベストを尽くしています。中国国内では、
米国にあるような副作用反応は報告されていません」と述べた。


中国東部・山東省にある広竜生物化工有限公司のタン・ハイタオ社長によれば、
中国医薬品当局が16日に抜き打ち検査を行い、違反事業者一掃が進行中であることを示した。
彼は当局者に、彼の会社は現在はもうヘパリンを製造していないと伝えた。


山東大学医学院のヘパリン専門家キュイ・フイフェイは
「(有効成分に)異物が加えられたように思える」と述べた。


FDA は先週、バクスターは実質的にすべてのヘパリン剤を米国市場から
回収しており、それ以来、新たな死亡例の報告は受けていないと発表した。


先週の時点で、FDA とバクスターは共に、豚の腸を処理して粗製ヘパリンを
製造する施設の検査は実施してこなかったことを明らかにしている。
それら施設の多くは家内制の作業場で、ほとんど無秩序状態にある。


ロヨラ大学のファリード教授は、過硫酸化コンドロイチン硫酸が副作用反応の
原因であるかどうかを断定するには、まだ早いと言う。
副作用反応は腹痛、低血圧、灼熱感、嘔吐、下痢、体温上昇、
アナフィラキシーショックといった形で観察されている。
「しかし、これらすべてを1つの物質に結びつけることはできない」


また、このようにも付け加える。
「疑似ヘパリンを生成して、それを混入したのは、ヘパリンの収量を
かさ上げするための意図的な行為だ」


「しかし、それが含まれていながら副作用を誘発しないヘパリンもある。
確実にそれが原因だとは言い切れない」


過硫酸化コンドロイチン硫酸が自然に生成されるかどうかについては、
ニューヨーク・タイムズのインタビューに答えた研究者の間でも見解が分かれる。


調査に参加しているある研究者によれば、FDA、バクスター、そして
サイエンティフィック・プロテイン・ラボラトリーズ(同社の中国プラントが
汚染ヘパリンの有効成分を製造した)のいずれもが、独自に調査を実施している。


それぞれの研究者は機密保持契約上、互いに情報のやり取りをすることはないが、
調査結果は FDA と共有しているとのことである。

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