「毒ヘパリン」(2)—バクスター、ヘパリン生産を停止(WSJ、2月12日付)

     THE WALL STREET JOURNAL February 12, 2008
     Baxter Halts Production of Heparin by Thomas M. Burton & Jon Kamp


バクスター・インターナショナル(イリノイ州ディアフィールド)は、主に
腎臓透析および心臓外科手術で広く用いられている抗血液凝固薬ヘパリンが、
4件の死亡例を含むおよそ350件のアレルギー性副作用に関連する可能性が
あるとして、一時的に生産を停止した。


バクスターは、ヘパリンは容易に入手可能なジェネリック医薬品後発医薬品)であり、
数十年にわたって病院、腎臓センターで広く用いられているため、
既に製造したヘパリンの販売は一時的にせよ停止しないとしている。
バクスターは米国食品医薬品局(FDA)と協議し、医薬品の不足を避けるために、
そのように決定を下した。


バクスターは米国で使用されるヘパリンのほぼ50%を供給しており、
そのため医療現場でのヘパリン不足は現実のものとなりつつある。
1週間以上前にバクスターは、副作用の発症は9ロットのヘパリンに範囲が
限定されると発表したが、今回改めて、その範囲をさらに広げるものとした。
バクスターは2003年以来、ニュージャージー州チェリーヒルの自社工場で
ヘパリンを生産してきたが、何が今回の問題の原因か、まだ確定していない。
ヘパリンは豚の腸に由来する薬品である。


汚染されている可能性のある薬品を市場に流通させたままにすることは、
FDA の微妙なバランス感覚を必要とするし、腎臓や心臓の専門医、そのほか
ヘパリンを使用する関係者には、それ以上に神経を使わせることになるだろう。


「それを処方される多くのひとにとって、ヘパリンは生命を救うものであり、
生命を維持するものだ」と FDA 新薬部部長ジョン・ジェンキンス博士は言う。
ジェンキンス博士の推定では、報告された350件の副作用のうち40%は
重篤なものと看做される。
「われわれは複雑な状況に遭遇している。
外国企業を含め他の供給者に当たって、起こり得る製品不足を防ぐ」
これまでバクスターは、1日にほぼ10万本のヘパリンを販売してきた。


バクスターは、当初の回収対象である9ロットについては、1月17日に回収を開始した。
FDA は、その9ロット以外に回収の範囲を広げないことを決定した。
「リコールは、深刻な製品不足に直結する」とジェンキンス博士は言う。
それだけではなく、バクスターの長期間にわたる操業停止は、製品不足を
さらに拡大させる可能性がある。


ヘパリンは点滴静注または注射によって投与され、外科手術から透析、
施術後の凝固防止まで広い分野で用いられている。
「ヘパリンは治療に際しての頼みの綱だ」と血液学者のシカゴ大学
ジョセフ・バロンは言う。
「広い範囲で、実質的にはすべての医療サービスで使われている」


「透析患者にとっては、生死に関わる重大問題となるかもしれない」と
腎臓学者のアトランタ・エモリー大学ジェームズ・L・ベイリーは言う。
ベイリーは、30万人と推定される透析患者の多くがヘパリンを必要としていることに
注意を促す。
透析では、患者の血液は透析機のチューブを巡りながら老廃物などを取り除かれる。
その際の凝固を予防するためにヘパリンが使われている。


アフェレシスの過程で副作用が現れる例も報告されている。
アフェレシス(血液成分除去)とは、心臓外科手術などで血液が患者の体外にある間に
血液成分を除去する治療のことを言い、血液癌や免疫機能不全のような血液疾患の治療に
用いられる。


シカゴのノースウエスタン記念病院パトリック・M・マッカーシー心臓胸部外科部長は、
彼の部局は「おそらく、ほかのどこよりも多くのヘパリンを使う」と言う。
「ヘパリンはたいてい抗生物質や、そのほかの薬と併用しており、それらは互いに
影響し合っているので、その中からヘパリンだけを除外することは難しい」


今回の事態から患者が受ける衝撃は、バクスターが受ける衝撃よりもはるかに大きいだろう。
バクスターの2007年総売上高112億ドルのうち、ヘパリンの売り上げは3000万ドルにすぎない。
バクスターの株価はニューヨーク市場午後4時の段階で、昨日よりも23セント高の60.88ドルだった。


副作用は胃痛から嘔吐、下痢、血圧降下、動悸、気力の喪失と、多岐にわたる。
バクスターは、特に血圧降下が「重篤、または致命的かもしれない」と言う。


FDAジェンキンス博士は、理論的な可能性として、副作用は薬のパッケージの
され方にさえ関係するのかもしれないと考えている。
非常に多くの副作用が、ひとまとまりの薬が1時間未満という短時間で投与された時に
起こっているからだ。
FDA は医師に、ヘパリンを用いる際には少量を、できるだけ時間をかけて使用するよう
働きかけている。


ノースウエスタン記念病院の腎臓学者ジョン・J・フリーデワルドは言う。
「抗血液凝固薬は2社のみが供給している。もし、そのうち1社がストップして
ヘパリンの供給が半分になってしまったら、たいへんなことになるだろう」

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