つゆだくは、叶わぬ最期の晩餐


今日は13時に入って、食事休憩以外休みなしで21時半まで。
なんか、仕事しすぎだなあと思う。
自分の子どもの頃は、まだ「週休2日」なんて聞いたこともない時代で
親は土曜日も当然のように働いてましたけどね、土曜は「半ドン」だったけど。
さらに江戸時代には、盆と正月しか休みはなかったわけで。
もっともその頃は、日の出とともに仕事に出て、お午すぎにはもう終わり、
日が沈んだらおやすみなさい、というふうだったらしいですが。


夕食はまた、いつものごとく吉野家で豚生姜焼き定食。
ハナマサで買ったパンを外のベンチで囓るには寒くなった昨年の秋以降
麹町で夕食といえば、そこでこれ、というパターンが続いてます。
べつに吉野家が好きなわけじゃなくて、単に界隈でいちばん安上がりに食べられるのが、
そこしかないってだけで。


で席に着いて食べている間にも、ひとが入ってきて注文するわけですが
自分が食べ始めて食べ終えるまでの間に、「つゆだく」を頼むひとが、
席数20ほどの小さなその店で、必ず1人はいますね、必ず。


いまどき「つゆだく」を知らないひとはいないと思うけれど、念のために説明しておくと、
普通よりもつゆ多め、というやつで、それで料金が高くなったりはしない。
そもそもは吉野家の、いわゆる「裏メニュー」というやつで、いまだってメニューに
「つゆだく」とか書いてはないので裏メニューには違いないのだろうけど、
もう、あまりにもメジャーになってしまって、頼むひとは普通に頼んでる。


「ご注文をどうぞ」
「並つゆだく」
「つゆだくいっちょー」
で目の前に「牛丼 並 つゆだく」が出てくると、
そういうことになっています。


ほかにも裏メニューは、いろいろあるらしくて、
「だくだく」「ネギだく」「トロだく」「トロぬき」「ネギぬき」
とかね、そのほかいっぱい。
さすがに「だいぬき」はないだろうけど。


実際には「つゆだく」以外、耳にしたことはないですけどね。
こないだ「つゆだく、つゆ、かなり多めで」と言ったのが1人(見たところ20歳前後、男性)いたくらい。
それは“専門用語”では「だくだく」で、それでも足りなきゃ「つゆだくだく」らしい。


この「つゆだく」の声を聞くと、自分の子どもの頃を思い出します。
牛丼を口にしたのは高校生のときのヨシギュウが初めて(その頃は肉は赤身しか食べられなくて、
当時のヨシギュウの脂身の多い白っぽい肉を弁当のフタにぽいぽいと除けていたら
肉が全然なくなってしまって、つゆのかかった白飯だけ食べた)なので、
幼き日の牛丼の思ひ出、とかではなく、母親のつくる天丼のこと。


天丼というのは、丼によそったご飯に天ぷらを載せてその上からつゆをかけたもの、
とは言うまでもなく、母親がつくろうとソバ屋のおやじがつくろうと天麩羅屋の板前がつくろうと
変わりゃしません。
どれほど旨いかの違いはあろうけれども、自分は母親のつくるものはきらいじゃあない。


でまあ、そうやって出てくる天丼は、
ご飯の上の方にはつゆがかかっているけれども、下の方は白いままです。
子どもの自分は、それが気に入らなくてね。


ご飯一粒一粒がつゆで染まっていなくては気が済まない。
母親に言って、つゆを注いでもらいます、だくだくと。


それは丼物に限りません。


たとえば、たまごかけご飯。
茶碗の中のご飯のすべてが黄色くなっていないと気が済まない。
全部のご飯粒が黄色くなるまで、ご飯を箸で掻き回します。


たとえば、カレーライス。
食べる前に、ご飯全部にカレーがからんでないと気が済まない。
全部のご飯粒が茶色くなるまで、スプーンで掻き回します。


食べてる途中で、白い部分の残るご飯がひと粒でもあれば、
また掻き回します、ぐちゃぐちゃと。


もちろん、いまはそんなことはしませんが、なんだったんでしょうかね、あれは。
そしていまの自分が、そういう行為を「みっともない」と感じてしまうのは、なぜなのか。


コメを食べつけないアメリカ人にご飯を出すと、味がない、と言って手近にあるソース
――ソイソースでもドレッシングでも――をばちゃばちゃかける、ということを聞いたことがあります。


そういえば子どもは、はっきりした味のものが好きだ。
それは味蕾が未熟なためで、成長に伴っていろいろ味わうに従って
自ずと訓練されて、味わい分けられるようになるのでしょう。
一説では、味に対して舌がいちばん敏感なのは、30代だそうです。


一方で、刺激の強いものばかり食べていると、
刺激に慣れてしまって、感覚が鈍くなったりもするのでしょう。
舞妓の募集に応じて京都に移り住んだ東北出身の若い女性の
「こちら(京都)は、料理に味がなくて困った」
とのことばを、たしか10年以上前に新聞で読んだ記憶があります。


といったところで「つゆだく」。


牛丼にせよ豚丼にせよ、自分が「つゆだく」を頼むことはこれからもないだろうな。
自分の中でそれは、ぐちゃぐちゃに掻き混ぜたたまごかけご飯やカレーライスと同じように
「ガキっぽいもの」と目に映っているらしいので。


そして、終(つい)に臨んで
「いちどでいいから、つゆだくを食べてみたかった」
とつぶやくわけです。


2007年4月15日付mixi日記に若干の変更を加えてあります)

補追:

「つゆだく」にキーワードとしてリンクされていたので、見てみたら


   ”とろだく”(肉とねぎがトロトロになる?)


とか書いてあった。
「とろだく」の「とろ」はマグロの「とろ」と同じです、つまり「脂身ばっかり」。
自分にゃとうてい食えた代物ではありませんが、世の中には脂身が好きなひともいるので
そういうひとが頼むのでしょう。


はてなダイアリーキーワード」は「はてなダイアリー市民」になればだれでも編集できるらしいから
書きたきゃ書けば、と思うけど、間違って覚えたことをそのまま書くならまだしも
「なんだか知らないけど、こういうことなんじゃないの?」程度で書くなよ。
ここらへんがつまり、「オレ様の旗」と言うゆえんです。